絶版文庫書誌集成

春陽文庫

山手樹一郎長編時代小説全集 全84冊 (やまてきいちろうちょうへんじだいしょうせつぜんしゅう)
  *青色はページ内リンクです。
  *カバー装画・国貞(静嘉堂文庫提供) / 装丁・玉井ヒロテル

1 桃太郎侍
2 恋風街道
3恋天狗 他一編
4 崋山と長英 他一編
5.6 又四郎行状記(上下)
7 夢介千両みやげ
8 江戸名物からす堂 1
9 江戸名物からす堂 2
10 江戸名物からす堂 3
11 江戸名物からす堂 4
12 新編八犬伝
13 鳶のぼんくら松 他一編
14 遠山の金さん
15 花笠浪太郎 他二編
16 はだか大名
17 ぼんくら天狗 他一編
18 朝焼け富士
19 浪人横丁 他一編
20 素浪人日和
21 青空浪人 他一編
22 野ざらし姫
23 鉄火奉行 他一編
24 巷説荒木又右衛門
25 江戸の虹

26 恋染め笠
27 青空剣法
28 春秋あばれ獅子 他一編
29 青雲の鬼 他一編
30 青年安兵衛 他一編
31 江戸群盗記
32 巷説水戸黄門 他一編
33 変化大名
34 江戸ざくら金四郎
35 大名囃子
36 女人の砦
37 若殿ばんざい
38 紅顔夜叉
39 浪人八景
40 朝晴れ鷹
41 わんぱく公子
42 江戸の朝風
43 江戸の暴れん坊 他一編
44 青春の風
45 浪人若殿
46 天保紅小判
47〜50 浪人市場 1〜4
51.52 八幡鳩九郎(上下)
53 鶴姫やくざ帖 他一編

54 天保うき世硯 他一編
55 天の火柱
56 隠密三国志 他一編
57 江戸へ百七十里
58 江戸の顔役 他一編
59.60 侍の灯(上下)
61 お助け河岸 他一編
62.63 たのまれ源八(上下)
64.65 千石鶴(上下)
66 放れ鷹日記 他一編
67 おすねと狂介
68.69 青雲燃える(上下)
70 さむらい読本
71 三百六十五日
72.73 素浪人案内(上下)
74 江戸に夢あり
75.76 さむらい根性(上下)
77 さむらい山脈
78 殿さま浪人
79.80 虹に立つ侍(上下)
81 男の星座 他一編
82 江戸隠密帖 他一編
別巻1 錦の旗風 他二編
別巻2 少年の虹 他二編


「青空浪人 他一編」 (あおぞらろうにん)


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*425頁・上下二段組頁 / 発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 女が手もつけられない男に案外ころりとなる傾向があるとすれば、実は男のほうも、はねっ返りで気が強くって、思いこんだら命がけという鉄火な女に、手をやかれることを望んでもいる。
 山手文学いつもの大きな見どころは、この凄艶な姐御スターのご登場だ。抜け荷買いの嫌疑で牢死した父と、悲惨に果てた母の恨みの仇を求めて、南蛮手品の女芸人になって江戸へ出た長崎屋あや女〈め〉、本編の読み出したら手放せない最大の面白さは、彼女のじゃじゃ馬ぶりにいつもぽかんとしながら、巧みに御していく青年浪人建部源太郎との恋模様にある。ヤングの諸君は、スタンダールの「赤と黒」の傲慢令嬢マチルドを、ふとほほえましく思い出すかも知れない。
 また、純情娘久美と楽天侍猪村大助との爽涼な恋慕を描いた併収「朝霧峠」は、小説が薄汚れたものばかりになりつつある現代、こういう明快清冽な楽しみもあることを教えるものとして、初めて山手文学に接する読者にも格好の入門佳編である。


「朝焼け富士」 (あさやけふじ)


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*460頁・上下二段組頁 / 発行 1979年

*カバー文(作品案内・文芸評論家 石井富士弥)
 気軽に考えれば大衆時代小説などというものは、とにかく過去の時代が舞台だ。どんなとっぴな事件でも、うまく状況をもりあげ、これに謎めいた人物をどんどんからませていけば、読者も一応その設定にひかれてページをめくってくれる。……かくて、大正末期から純粋娯楽時代小説は限りない黄金時代を迎えたわけだが、ひとつだけその時期時期の代表作家たるための不可欠な要件がある。それは奇を競う筋選びの面白さではなく、人物を描ききるということなのである。時代小説に颯爽とした明朗さをつらぬく正義観を柱としたのは、山手樹一郎の独創だ。
 ―― 本編も、謎の腰元強盗の出現する開巻から鉄火姐御の登場、ひいては徳川十一代好色将軍の妾腹の姫と老中失脚事件の陥穽をあばく快男児足柄金太郎こと伊勢平九郎の活躍というおなじみの道具立てだが、決定的にたのしませるのは彼らが読者の心の中に、いかにも身近な懐かしさで入り込んでいる点にある。劇画世代にもほんのりとした色香で情感をゆすぶる興味万点の大作!

*巻末頁・江戸おもしろ事典 江戸の橋づくし (井口朝生)


「江戸隠密帖 他一編」 (えどおんみつちょう)


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*346頁・上下二段組頁 / 発行 1979年

*カバー文(作品案内・文芸評論家 石井富士弥)
 昭和十五年四十一歳で決定的代表作「桃太郎侍」から出発した山手文学の長編群は、三十一年後の四十一年発表の本編「江戸隠密帖」「男の星座」(前81巻)をもってピリオドが打たれた。
 生活者のために心温かい読物を贈ることを念願として出発、大衆文学でも芸術志向の雑誌からの執筆依頼には“他にも書く人があるから”と毅然と固辞して、徹底して、娯楽作品のみの提供を天職とした作者七十九年の生涯の、これは長編では事実上の絶筆である。
 独自の明朗なぶらり浪人の登場も本編の樽谷平太郎に至ると、もはや作者と渾然ひとりの人格として一体化している。だから、読者は未完作につきものの索漠としたものたりなさも感ぜず、大江戸に起こる強盗事件、小料理屋おかめの看板娘お延の慕情なども、場面場面でたっぷりと満足感を味わえることだろう。これに、懐かしい戦前クラブ雑誌の呼び物中編の見本のような構成美たしかな、「柳橋お仙」を併収、最終巻を飾る。

*巻末頁
 山手樹一郎文学の面白さ 尾崎秀樹
 山手樹一郎 略年譜


「江戸に夢あり」 (えどにゆめあり)


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*324頁・上下二段組頁 / 発行 1979年

*カバー文(作品案内・文芸評論家 石井富士弥)
 世の中の経験に熟した中年になって、若い時代の〈恋〉を考えるとき、なぜあのとき、たったひと言をいわなかったろう? ―― と、甘苦い後悔のタネのひとつふたつをお持ちの方もおいでのはずだ、それがとりえの若さのきまじめさから、好きだ ―― というひと言を妙にいいそびれたために起きるもつれは、その後の人生に大きく影響する。
 ここに小野派一刀流の名人で現在隠居の野村半蔵の末娘の菊枝、女にしてはのっぽというのが難点だが、すばらしい美女、子供のころからのさばさばした性格が災いして、幼友達で貧乏旗本の三代目、直江慶三郎(なおえけいざぶろう)をひそかに恋していても、会えば口げんかばかり。中秋の名月の翌晩、大江戸に起こった怪宗十郎頭巾の殺人事件から、純情武家娘お縫(ぬい)が現れ、強力なライバルとなるもよう。これに山手文学ファンおまちかねの色欲二道の悪玉がむらがる物語だが、読みどころは読者の意表をつく謎解き、のっぽ娘菊枝の奔放でありながら可憐な生涯で、作者晩年の逸品。

*巻末頁
 江戸おもしろ事典 江戸の紅毛人 長岡慶之助


「江戸の顔役 他一編」 (えどのかおやく)


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*402頁・上下二段頁 / 発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 自由な世の中だなぞといってみても、ふと見渡したところ、案外とんでもない大時代な大義名分がまかり通っているのが現代だ。試みに“すまじきものは宮使え”などという言葉をしみじみ自分にいいきかせて、世の不合理に目をつぶるサラリーマン諸君がいかに多いことか。
 ここに忍(おし)十万石の若殿の好色さから、重役の一人娘雪乃(ゆきの)の許婚者(いいなづけ)を斬れといわれた下っ端藩士河合富士太郎は、断固としてそんな枷に反逆して宮使えを捨てる。彼女もまた、そんな彼に一途な恋情を寄せる。かくて本編「江戸の顔役」の物語は、討手と美女をねらう悪玉たちと江戸へ移るが、そのゆくたてに時代こそ違え、社会悪に毒された人間闘争の中に相寄り相高め合う心がいかに美しいか、ということを作者は読者に訴えかけようとしているようだ。これは、幕末混沌の江戸市中に陥穽に落ち入る鶴崎啓二郎・常磐津文字若の色模様を描いた併収「青春道場」にも一貫した山手文学の姿勢であり、いつもながらの大きな魅力であろう。

*目次
江戸の顔役 / 青春道場

巻末頁 ●江戸おもしろ事典 江戸ののりもの 風巻絃一


「江戸の虹」 (えどのにじ)


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*468頁・上下二段組頁
*発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 めまぐるしい今日一日の疲れに、ボロボロの心を抱いてベッドに向うとき ―― あなたがなにかほんのりとした色香にひたって、神経をもみほぐしたい気分のときは本書を!
 山手文学は健康でさわやかだという定評がある。しかし、それをもうひとつ支えているのは、現代のような露骨なポルノという意味ではない、かくし味のように底から立ち昇ってくる濃密なお色気にあることも、読者は本編などで存分に知り、堪能されるだろう。
 例えば、婿に来て二日目に処女でないとグチった男を追い出す豪商の跡取り娘・近江屋お蘭が、鳥羽伏見で官軍に敗れた志賀仙三郎にたちまち激情の虜となるくだりなど、フランス恋愛小説をみるような濃厚なゆくたてだ。これは日本的な官能文学を築いた舟橋聖一氏のもつ、あのほのかなエロチシズムと同質であり、波瀾の筋立ても申しぶんない。
 いつしか読者は、安らかに今日の疲れをほぐされているのに気づくだろう。


「江戸へ百七十里」 (えどへひゃくななじゅうり)


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*485頁・上下二段組頁 / 発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 どんな悪人でも、赤ん坊が笑えば一瞬弱くなる。泣いたりすればたじたじとなる。無垢だから世故にまみれた大人の心を一直線にうつのだ。 ―― 世の荒波にさらされず、そのまま育ったお城のお姫さまがちょうどそれだ。彼女の行くところ天衣無縫、ためらいがない。好きな男ができれば、重役どもが後生大事に奉っている家柄だってけとばすほど一途! ……で、山手文学を支えるヒロイン・スターの大物として、じゃじゃ馬姫君がいつも読者にリクエストされるゆえんだ。
 小森家十万石の血をひきながら、自ら悟って一介の浪人暮らしを選ぶ長谷部平馬は、異母兄弟亀之助のため替え玉となり、お家騒動にまきこまれるが、本編の読みどころはなんといっても、彼を慕う福姫の、まさに赤ん坊のようなのびのびとした恋情の行状記にあろう。題名のとおり、百七十里の作州津山(岡山県津山市)の国元までの替え玉道中のスリルは、マクリーンの冒険小説の味を知るヤングの諸君にも、日本の国土の上で、それと似た面白さを発見するかも知れない。


「お助け河岸 他一編」 (おたすけがし)


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*370頁・上下二段組頁 / 発行 1987年

*カバー文(作品案内・文芸評論家 石井富士弥)
 どの顔もわれわれの右や左にいるような、ごくあたりまえの市民生活をしている定連ばかりがいっぱいで、気の強い看板娘がきびきびせわしげに、その客の間をぬって銚子やあつらえものを運んでいる。……居酒屋。みんなそれぞれ日常のいやな思いを背負っていながら、ここでばかりは極楽の表情なのだ。
 このほのぼのとした雰囲気がわが山手文学の独擅場だが、本編はそんな居酒屋のひとつ菊屋をホームグラウンドにして、悲しくも温かい物語が組み合わされていく。世の中から落伍して死のうと立つ身投げ場所に、ふしぎな頭巾の救い主が現れるというので、“お助け河岸”との噂が立つ。
 どうやらその隠れた義人らしい定連のなぞの隠居をめぐって、浪人仙之介・お菊の恋慕、板前幸助・お久の別れ話、鶴崎礼二郎・お縫の哀恋と、人の世の情けをオムニバス形式で描いた異色佳作「お助け河岸」に、幕末激動の清冽な青春をたたえた「江戸の恋風」を併収!

*巻末頁 江戸おもしろ事典 江戸の怪談 郡順史


「恋染め笠」 (こいぞめがさ)


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*377頁・上下二段組頁 / 発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 われわれの日常で、なにか財産を持ったような気分になれることの一つに、読みあげた本を一冊一冊積み上げていくことの充実感がある。山手文学は、普段あまり一冊を最後まで読み通す習慣を持たない人々にも、一気に読みあげることの爽快な贅沢感を味わせるところに特色がある。
 本編は和州郡山十五万石松平家のお家騒動を主軸としているが、人生に老練無比な作者は、そんな正面切った大仰な展開はしない。浅草馬道の縄のれんの入れ込みで飲んでいる客の中にいた浪人夏目鮎太郎 ―― 彼に人恋しく一杯の酌をした美女江戸紫とのやりとりから、事件は一見さりげなく、実はぬきさしならぬ巧妙な構成で、一気に錯綜していく。むろん、人間悪の権化のような悪玉も活躍するが、なによりも読者の心に可憐な印象を残すのは、陥穽で幼女のような白痴にされた武家娘「お夢さん」の姿だ。 ―― 息もつかず読み上げて……そして、読者はまたまた山手文学が懐かしく、別れがたく他の作品へと手を差しのばすことになる。

*巻末頁 わが師を語る 希望の星座 多勢尚一郎


「恋天狗 他一編」 (こいてんぐ)


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*506頁・上下二段組頁 / 発行 1978年

*カバー文(作品案内・文芸評論家 石井富士弥)
 時代小説の中に、まだだれもやっていない明朗さを ―― というのが山手文学の出発点だ。
 そして、山手式快男児は、作者自身の分身だという一部の説もある。一方、娯楽誌「譚海(たんかい)」の名編集長時代、小説づくりの方法模索中に、一つの手がかりとして、先輩大佛次郎の「鞍馬天狗(くらまてんぐ)」の性格が、作者に共感を与えたのかも知れない。昭和十七年、「東征序曲」として発表された本編は、官軍の撹乱(かくらん)政策に派遣された主人公、天狗こと青井鬼太郎が、騒然とした幕末の江戸で、滅びゆく幕臣と闘争、市井の侠児(きょうじ)・芸妓(げいぎ)たちとの交情から、正しいものを愛する姿勢を貫く物語だが、この人物の闊達(かったつ)な人柄の造型を通じて、出世作「桃太郎侍」からのはっきりした山手文学独自の分身が出発してゆく。 ―― 稀代(きだい)のストーリー・テラーとして巨歩を残したこの作者の多才な一面をみせるのは、併収時代探偵(たんてい)長編「地獄ごよみ」だ。富商の後家美乃と浪人鶴木伸介(つるきしんすけ)の恋情を縦糸に、事件は一気に読者を真犯人探しの醍醐味(だいごみ)に誘い込む異色編。

*巻末頁・江戸おもしろ事典 旗本八万騎 (木屋進)


「紅顔夜叉」 (こうがんやしゃ)


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*316頁・上下二段組頁 / 発行 1979年

*カバー文(作品案内・文芸評論家 石井富士弥)
 山手文学の特色の際立った魅力は、ヒロインが男にも欲しい生一本で勝ち気な性格で活躍することにあろう。この系列は、ときには鉄火な姐御となり、そして本編の丹波笹山十万石松平志摩守の妹君で小太刀の名人、颯爽たる男装の新宮百合太郎こと百合姫に代表されるような、“お姫さま”ものとなる。清純な深窓の乙女を愛する作者が、「ベルばら」趣味の変性女性を好んで登場させているのではない。実は、生来陰湿になりがちな女性たちにも、いつも陽当たりのよい屈託のない心を望む男の願いを立体化してみせる楽しさから発しているのであろう。
 かくて物語は、東照宮拝領の菊一文字の銘刀を勝手に持ち出して主君を脅迫し、我意を押しきる国家老鬼頭左馬之介一派を斬るため、単身、男装して国元へ赴く鬼姫を助ける快男児のら太郎と、悪玉との虚々実々の道中記。今回の楽しみどころは、あくまでも男の気持ちでいる百合姫が次第に女になる過程で、この辺りの自在な作者のお家芸に、読者は心ゆくまで堪能させられよう。

*巻末頁・江戸おもしろ事典 実説・お家騒動 (風巻絃一)


「さむらい根性 (上下)」 (さむらいこんじょう)




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*上308頁 / 下300頁 / 上下二段組頁
*発行 1979年

*カバー文(作品案内・文芸評論家 石井富士弥)

 時代伝奇小説おなじみのパターンの一つに、“秘められた宝捜し”というのがある。善玉・悪玉入り乱れ、最後は正義の側に凱歌があがる。これは倒叙物を除く推理探偵物が、犯人をつきとめて終わるのとちょうど同じゲーム的タイプだが、本編は実はそこから始まるところに特色がある。
 戦乱の世に滅びた甲州武田家の再興のため、夜叉神峠に埋蔵されているという五十万両の軍資金の調査に出た隠密白井精之進が小仏峠で殺害された。その探索を命じられたのが本編の主人公 ―― 直参の冷や飯食いの次男草川礼介。ところが、早くもその晩からつぎつぎと奇っ怪な経験をすることになる。加役山形駒十郎一味に追い回される娘軽業太夫お八重……どうやら、十三年前、山形はその埋蔵金を手にしていまの地位にいるようだ。お八重こそはそのとき彼らに虐殺された豪族の遺児で、復讐のために江戸へ出てきたという次第。捜し出された金をめぐり、正義派たちの危急はつぎつぎと迫って下巻へ……。


 埋蔵金五十万両の絵図を代々守っていた夜叉神一族を奸知で滅亡させ、これをわがものとした悪玉山形駒十郎は、最上鉄四郎・長崎堂蘭雪・岡っ引き勘蔵と一味を擁して着実に高官にのし上がったまではよかったが、ひそかな幕府の探索が始まったので慌てだす。邪魔者は消してしまえという鬼の結束で、上巻後半ようやく彼らへの復讐に燃える娘軽業太夫お八重・福助を捕らえることに成功したが、彼にも弱みがあった。欺いて無理に犯して入り込んだ山形家の先代の妻が、どうも美男佐分利要と怪しい仲という疑いが消えない。しかもこの要、実はお八重の腹違いの兄で、長崎渡りの妖しい術を使うらしい ―― 山手文学のおもしろさは、どんな悪人でも人間性を永遠に変わらない色と欲の面の弱さ強さで捕らえるところにあろう。応接の暇なく入れ違う多彩な人物どれもが、この欲望に喜怒哀楽する。そして、その中に純粋な心をもつ主人公たちが闘いぬくところに、庶民のあこがれる毅然とした道徳の象徴としての“さむらい”の“根性(ガッツ)”がある。


「さむらい読本」 (さむらいどくほん)


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*332頁・上下二段組頁
*発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
悪い奴、強い奴が、目の前で悪辣なことをしているとき、なるべく見ぬふりをして、かかわり合いにならないことが利口だということなのか? おまけに、そこでいじめられている相手が、助けをあなたに求めてきたとしても、あわてて逃げ出すのが賢明な生き方ということなのか? ケガをしてはつまらない。第一、なんの義理もない……こう考えるのが人間疎外の当世社会のつましく暮らすコツのようだ。 ―― だが、本編主人公の潮田万之助は違う。さむらいなのだ! 侍とは、一度引き受けたことは命を賭けてまでやる、人間の誇りを貫くのだ。われわれが毎日の生活の中で、あいつはサムライだ、と安直に使う言葉のもつつまらなさ楽しさを、侠商、武家娘、女芸人を味方に、福知山藩の美姫を守っての葛藤を通じて描き出す。  ―― 酷薄非情な人間生活の日常に疲れきった現代人の胸を、壮快無類なストーリーでなごめながら、人の世の節操を思い出させてくれる快作長編だ。


「侍の灯 (上下)」 (さむらいのひ)




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*上450頁・下450頁・上下二段組頁
*発行 1977年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 どう転んでみても、所詮この程度のしがない毎日しかないんだ ―― と情けない無気力感にアセっている人は、本編上・下巻の快男児と一緒に、壮大な物語の世界を歩いていただきたい。
 ある日、とある旅先で、ふいと気がむいて手を合わせた神前に、いきなりすばらしい娘が現れた。莫大な資産を持つ豪商の一人娘で、婿ときまった男が三人までも怪死して、この朝ここで最初に会った男が本当の婿とのお告げがあって ―― すなわち、そのお告げの主があなただとしたら?
 どんなときでも、「世の中は明るいなあ」という主人公の鶴巻一平を設定する作者の世界は、不愉快なことだらけな現代社会に生きている読者に、いつも勇気と行動力を駆り立て、さまざまな社会悪を撃破して生きるたのしさを与えてくれる。
 その活力源は、"因果小町"と呼ばれるお国のねじれた心に愛情をはぐくみ更生させていく感情教育にあり、本編はその経過(いきさつ)は波瀾重畳の事件の中で見守る恋愛小説ともいえるだろう。


「素浪人案内 上」 (すろうにんあんない)


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*452頁・上下二段組頁 / 発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 男なら ―― 例えば新幹線の車中で、気のよさそうな中年男から、急に、しかもなれなれしく、美貌の女社長の旅のボディー・ガードを引き受けてくれないか、と頼まれたとしたら……?
 本編主人公の浪人神永福太郎が、それをあなたに代わって実験してくれる。 ―― 花のお江戸は両国横山町の豪商『恵比寿屋』の、いま女盛りの後家お延の帰り道中の用心棒役を引き受けたことから、沼津藩のお家騒動にまき込まれことになるのだが、こういう物語も読者に距離をつくったオハナシの世界にしないで、なまなましい実感で味わえるところに山手文学の特色がある。
 もしかしておれが、わたしがこういう立場になったら……という臨場感が、息つく間もなくわき起こる事件の渦中にとび込ませてしまう。主人公へのお延の激情が発散するお色気が、否やもなく作中主人公に同化しきった読者の心を奮い立たせ、気がつくと明日の現実への強い勇気と活力を与えられているのだ。 ―― 連続物語の豊かなたのしさ充分の山手文学最高巨編!


「青雲の鬼 他一編」 (せいうんのおに)


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*450頁・上下二段組頁
*発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 肉親が雲の上のような偉い人だと知ったとき、現代っ子のキミならどうする? ……山手文学おなじみの主人公は、そんな事はまるで無関係な心境だ。自分の力で"天に梯子をかけるんだ"と、急がず騒がず、物欲色欲うずまく世の中を闊歩する。こういう青年早水東吾(はやみとうご)にほれぬ男も女もいない。かくて、暗黒世界のボスで、淫蕩な天草屋市蔵一味と虚々実々の闘いが始まった。好物の菓子が舌に快いように、本編「青雲の鬼」もまた読者の期待を裏切らない。
 併録「青春峠」は、題名どおりの大らかな青春をたたえてさわやかだ。―― いつの時代でも、若者たちは過激な思想の囚人だが、それもはやり病い程度なら、もっと身近な生活にじっくりと落ち着いて……例えば、本編主人公の秩父小太郎のように、純情なお千代とのほのぼのとした人間らしい情愛を育てるのが本物ではないだろうか? 幕末、攘夷開国に騒然の時代に生きた三人の若者と、その恋人たちをめぐって、快適なテンポはいつも陽性を志向する作者らしい佳編!


「江戸の朝風」 (えどのあさかぜ)


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*476頁・上下二段組頁
*発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 山手文学にしばしば現れる“目頭が熱くなる”という作者好みの世界を七編、それを文句なく波瀾に富んだ筋立てをつうじてお読みになりたい方には本編「江戸の朝風」をおすすめしたい。
 暴風雨の海上に祝言を控えて友人に突き落とされた黒潮太郎は、南蛮と日本との交易船に救われて六年の海上生活ののち難破、七人の仲間と無人島に流れつき、宝物は発見したが彼らは全部死に、単身幕末の江戸へ ── 。死んだ仲間の流浪に至るまでの哀しい過去の生活への遺言を果たすべく身寄りを訪ね歩く。いわば七つの悲痛な過去がそれぞれ胸迫る挿話の輪となって語られつながる一方で、その遺妹でもある女易者の天明堂白蘭と太郎との清冽な愛情物語も進行する。
 良友山本周五郎とは別の道をとった作者にも、本編などをみるとき、その交わりの相似性がよくわかろう。短編にも情感あふれる名手であり、平凡人に涙する心情には共通した厳しい眼があるのだ。ここからエンターテイナーを自負する山手作品は息つくひまない事件の洪水が展開する。


「青春の風」 (せいしゅんのかぜ)


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*394頁・上下二段組頁 / 発行 1979年

*カバー文(作品案内・文芸評論家 石井富士弥)
 ディスコで踊り狂ったり、インベーダー・ゲームにうつつをぬかしたりする一面だけが、現代のヤング諸君の実態ではあるまい。別なときには、深刻な受験競争や人生上の悩みもあるはずだ。そういう魂のうつろなときに求めるのが、ほんとうに頼もしいまじめな伴侶であろう。
 山手文学おなじみの女性タイプのかわいらしさは、どんなときでも男を信じ、うそかくしなくつくすところ。本巻には型はおきゃんだが、それぞれひと味違う二人の娘が登場、これに"男ならかくあるべきだ"というさわやかタイプの青年武士を配した二長編純愛物語が収められた。
 ―― 幡州(ばんしゅう)三日月藩五万石の目付役の父を暗殺された近江平八にひと目ぼれした町娘お鈴が猪みたいにアタック、力を合わせてお家騒動に活躍する「青春の風」。もう一つ、こちらは意地っ張り娘の話 ―― 十八年前、奇しくも一つ事件で親を失った矢田弓作と勝川胡蝶太夫の復讐談「花の青空」。愛情不毛といわれる現代に向けた作者の夢豊かなプレゼントだ!


「鶴姫やくざ帖 他一編」 (つるひめやくざちょう)


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*338頁・上下二段組頁 / 発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 ―― おい、道づれになろう。旅先で、いきなり美少年に、こう声をかけられたらどうだろう。おまけに、おれが兄貴と呼んで恥ずかしくないような立派な男なんだろうな、と条件づきで兄貴にされて。……実はこれが岡崎五万石のお姫さまの男装。しかもこの道中、この辺から物騒になって、街道筋の恐怖七化け五人組強盗団が、正体知れぬ変装で道づれの中に加わってくる。主人公松島銀之助は江戸での養子話に赴くひとり旅だが、こうなるとのんびりできなくなった。
 娯楽小説に独自のボーイッシュなお色気を加えた山手文学手練の話術は、かくて本編「鶴姫やくざ旅」を、アメリカ喜劇映画のような会話のやりとりのうちに、よく一気にしめくくる。 併収「花のお江戸で」は山手作品中の特異長編。十歳も年上の料理屋の女将(おかみ)と結ばれた豪商の跡取り息子鶴吉が、お家騒動のとばっちりで、彼女の自害から人生の転機を迎え、心広く立ち直るいきさつを、明るさの中に一味陰影を添えて描いた佳編。

*巻末頁・江戸おもしろ事典 江戸の戸籍 (風巻絃一)


「鉄火奉行 他一編」 (てっかぶぎょう)


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*466頁・上下二段組頁 / 発行 1979年

*カバー文(作品案内・文芸評論家 石井富士弥)
 山手文学の青年主人公といえば陽性闊達というのが通り相場だ。でも、時には陰もあり、悩む若者の物語はないかしら、という少々ヘソまがりなファンには本編などいかがか?
 仲秋八月十五日、深川八幡の祭礼の晩、御家人くずれの馬場陣十郎が難くせをつけた遊人風の中年男、実はこれが江戸をふるえ上がらせている凶賊五人組を、ひと月の期限つきでの逮捕を命じられたあの北町奉行遠山の金さんだった。通りあわせたのが、蛮社の獄で渡辺崋山などを陥れた時の封建政治に世をすねたやくざ姿の笠井小太夫。金さんに味方したことから追っ手がかかるはめとなり、深川芸者お高との出会いという華やかな開巻となる。ここから、このすね者が美妓の爛熟した情炎に珍しく狂いまわって、やがて硬骨の友人、清純な町娘の愛情に支えられて厚生するまでを多彩な筋立てで描いた異色大作が「鉄火奉行」。 ―― これに、山手式快男児と町娘の恋心を乱れなく描く好長編「紅梅行燈」を併収、変わり味が充分に楽しめる一巻だ。


「鳶のぼんくら松 他一編」 (とびのぼんくらまつ)


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*362頁・上下二段組頁
*発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
不公平なことに世の女の子たちは、世間の秩序からはみ出したようなちょっとヤクザっぽい奴、中身は空っぽでもいかにも物憂げでニヒルな顔つきをしているいわゆる“影のある”クールな男にイカレてしまう。時代小説の主人公はこういう型の独占だった。
 これを裏返したところに山手明朗時代編がある。男伊達に生きる町内の鳶の兄イなどカッコいい見本のようだが、ここでも作者は硬骨ぶりを発揮する。そんな都会人の優越感に挑戦するように三島在のイモ青年、テンポがあわないので“ぼんくら”をつけて呼ばれる松太郎を設定した。彼のまっすぐな心情と対照的な都会のはねっ返り娘、踊りの師匠お千加が意地も張りもなくして首ったけになるいきさつこそ、皮肉な人間批評ともいえる。しかし、苦労人の作者は何食わぬ顔で穏やかに生っ粋の江戸世話落語の話術で物語る。 ―― 滋味あふれる佳編「鳶のぼんくら松」に、同じへそ曲がりっぷりで長脇差(どす)物を書くとこうなるという心楽しい珍編「ぼんくら千両」を併収!


「虹に立つ侍 (上下)」 (にじにたつさむらい)


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*上300頁 / 下324頁 / 上下二段組頁 / 発行 1971年

*上巻カバー文(作品案内・文芸評論家 石井富士弥)
 本編をご覧の読者諸君は、まず巻頭から登場する主人公笹井又四郎に一瞬奇異の眼をみはられるかもしれない。ファンならばもう先刻ご承知の作者売り出し時代の大ヒット作「又四郎行状記」三部作(昭和二十二年発表)から二十年ぶり(昭和四十二年発表)のお目見得だからだ。
 磐城平七万石内藤家の鬼姫お多恵さまと波瀾の悪玉掃討ののち、晴れて蜜月をたのしんでいるはずのある快男児が、夜桜のおぼろ月の江戸の屋敷町に現れ、大名専門ののぞき屋まぼろし源太と口をきいたことから、尼崎十万石松平伊勢守の跡目騒動に巻きこまれることと相成る。
 悪家老一派は当主寿五郎を廃人同様にして監禁し、策謀で別子を将軍家妾腹の子喜久姫と縁組みさせようとはかる。これを阻止しようと、善玉七人組みと人入れ稼業の娘お香たちは必死の応戦。相変わらず又四郎の腕と知謀はさえるが、この姫君まで彼に傾きだすというお色気とスリルのまま、陥穽でついに又四郎捕らわれの身となって下巻へ……。


「はだか大名」 (はだかだいみょう)


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*473頁・上下二段組頁 / 発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 どんない筋運びが巧みで多彩な登場人物を手足のように駆使して読者を楽しませる作家でも、熟達だけでは書けない部分がある。 ―― それは、作中人物のおのずからなる上つ方の品位だ。
 明石十万石の若殿松平直之助は、逆臣側の陰謀で若隠居の身分。黙ってその立場を甘受すべきか、それとも決然起って悪いはれものをえぐりとるかの正念場で、ふらりと、文字どおり“はだか浪人”浮世捨三郎に再生し、屋敷を出る。ここから、侠妓・侠盗などの心うれしい下層階級の人々に支援されての悪人退治は、国元の百姓一揆にまで大きく発展する。
 なによりも、本編ではこの主人公の一挙手一投足をつけやき刃でない本物のお殿さまらしく描き上げる作者の力量が忘れがたい。大衆文学の世界に望んで身を置きながら、本質的にはいささかも下品でなく、いつも真実から出発した山手樹一郎自身の品格なくしては開きえないものでもある。この姿勢から読者の心との親密な交流が生まれるともいえるようだ。

*巻末頁・江戸おもしろ事典 おかぐら (水野泰治)


「放れ鷹日記 他一編」 (はなれだかにっき)


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*425頁・上下二段組頁 / 発行 1978年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 常識の世界では考えられないようなどんなことでも、小説なら実現できる。例えば、厳重な看視に守られた雲の上の御殿の中へ、もっとも下っ端の人間を潜り込ませることも作者の腕次第。江戸時代、高貴な方の病気は、直接肌にはふれられず、糸をひい恭しく診察したくらいだが、それさえもその柔肌を堂々ともみ療治させてしまうこともまた不可能ではない。
 というわけで、ここに主君の姉君、上州高崎藩に再婚しながら、その夫にまで死別された薄幸のお美世(みよ)の方を、お家安泰のため毒殺せよという非情な密命をおびた骨接ぎが特技で、お人よしの軽輩侍峰村鷹之助、あるまじきことにこの奥方と恋におちいる。この辺りの山手版『春琴抄』ともいうべき濃密な愛欲の激しさが圧巻だが、この不倫な関係も常に心優しく大衆の心を代弁する作者は、もの悲しくも奥方の死によって償わせ、江戸娘お光(みつ)の登場で明るく鷹之助を更生させる。
 これに、芸者小妻(こつま)をめぐって小気味よい江戸巷談にまとめた一品料理編「紫忠兵衛」を収併!

*巻末頁・江戸おもしろ事典 任侠の世界 (松永義弘)


「ぼんくら天狗,ぼんくら与力」 (ぼんくらてんぐ、ぼんくらよりき)


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*410頁・上下二段組頁 / 発行 1979年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 山手文学のおきまりの主人公 ── おとぼけでいて、実は胆力深慮ともに備わった侍というのがおなじみだが、本編「ぼんくら天狗」のヒーローは一味ちがう。すこしばかり猪突猛進ぎみ。勇気凛々はいいのだが、ときどきエラーするところが、われわれ平凡人には親近感がある。それもそのはず、丹波笹山出身の自称天狗太郎”君なのだ。……なんと、かのいれずみ奉行”遠山の金さんには、若かりしころ船宿の娘に産ませた隠し美女があった!? その彼女を将軍の側妾にしようという水野美濃守の野心をうけて、悪党灘万が動き出したから、初老の金さんも見逃せない。たいがいの場合、現代人は権力に弱いが、田舎侍の天狗太郎は絶対にこの闇の政治の壁にひるまない。不可抗な相手に一歩も譲らず闘う彼の姿勢こそ、淳朴を愛する作者の願いの象徴だ。
 併収の「ぼんくら与力」は、混沌の終戦日本を大政奉還前後の江戸に見立てた力編「明治元年」の改題。作者の人世に対する視座がよくうかがえる作品だ。

*巻末頁 ●江戸おもしろ事典 もののけ(松永義弘)


「変化大名」 (へんげだいみょう)


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*444頁・上下二段組頁
*発行 1978年

*カバー文(作品案内 ―― 文芸評論家 石井富士弥)
 だれでもオハコの話というものはあるものだ。その話をはじめたら人は思わずひき込まれる。これは内容ではない。語り手の人柄と、話術の“芸”の魅力なのだ。
 文字を読みはじめた少年から、老人までに娯楽を与えることを標榜した山手文学は、そういう人々の好む夢の世界をオハコの舞台にして、ここにまた一巻をお目にかける。 ―― 悪家老大和田外記の野望のため狂人扱いにされた若殿松平徳之助は、五年の座敷牢生活から翻然として道義を正すため飛び出して江戸へ出る。例によって、彼を助ける市井の侠児や姉御と、これを撃退しようとする悪玉一味との闘争 ―― となるが、本編の特色は暗君に最愛の妻を陵辱された夫が、謎の復讐鬼となってこの争いの中に出没し、最後に意外な人物が仮面をぬぐおたのしみが伏せられていることであろう。 ―― 十八番の世界は、書くたびに前よりもいくらかうまくなっているはずだと、真摯に読者サービスに徹した作者の、他の追随を許さぬ娯楽巨編。


「又四郎行状記 (上下)」 (またしろうぎょうじょうき)




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*上412頁 / 下395頁・上下二段組頁
*発行 1978年


*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 山手文学のほとんどに登場する、いつも人生の明るい部分を信じて生きていく屈託のない主人公 ―― あらゆる人間界の枷から解放されたように、暗い夜道も明るい大道のように、たった一人で胸を張って歩いていく青年侍。 ―― それは、複雑な人間社会に疲れた現代人の心を一緒にとき放ってくれる願望も背負っている。ここに永い人気の秘密が生まれるのだ。
 代表作「桃太郎侍」で一つの典型をつくり上げて以来、名人芸の古典落語が聞き飽きないのと同じように、作者が一度読者になじませた面白さは、貪欲に幾編も求めさせて常に新鮮にあとをひく。 ―― 平藩七万石の鬼姫と辰巳芸者お艶との豊潤な恋情を縦糸に、悪玉善玉卍巴(まんじどもえ)のお家騒動に颯爽と立ち向かう又四郎は、夢介・からす堂・ぼんくら松などの山手文学の主人公とともに、今や作者の手を放れた代表人物の一人だ。心鬱したときこそ、彼の笑顔が温かく読者を勇気づけてくれるだろう。 ―― 原題「鬼姫しぐれ」「美女峠」「又四郎笠」を上・下巻に一挙収録!

*巻末頁
(上)江戸おもしろ事典 姫君 (井口朝生)
(下)わが師を語る 木屋進


「浪人市場 (一)」 (ろうにんいちば)


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*538頁・上下ニ段組頁・全四冊 / 発行 1979年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 人は自分の分身のような友に人生のどこかでめぐりあうようなはかない幻を夢みて、たいていの場合裏切られて絶望する。……幼稚園から他人と競争して生きてゆかなくてはならぬ現代のしくみは、いよいよそういう孤独な心を抱えた人々の世の中にする。
  ―― だが、わが山手時代小説は、そんな心わびしい近代社会の風潮に、まだ存分に人が人を信じられた世界を復元して読者の胸へ灯をともしつづける。天保十二年、悪名高い鳥居甲斐守に目の敵にされて浪人になった大川忠介が小悪党の巣窟はだか長屋に現れるや、殺し屋の用心棒定九郎浅・向井作左衛門などたちまち心服し、共同して〈めんどうごと引受所〉みたいな浪人市場をつくりあげた。……これは山手版「水滸伝」とも、あるいは市井版「七人の侍」ともいうべき心楽しさだ。全作中での大河シリーズ勢ぞろい編、富商の後家お杉をよろめかす「市井の雄」。定九郎浅とばくれん女おつねのほほえましい挿話「恋慕ぐるま」の二長編併収のスタート版!

*巻末頁 江戸おもしろ事典 江戸歳時記 井口朝生


「浪人市場 (二)」 (ろうにんいちば)


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*585頁・上下ニ段組頁 / 発行 1979年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 山手版浪人「水滸伝」は、主人公大川忠介のゆくところつねに友あり ―― 前巻最後にちらりと姿を見せた殺し屋用心棒の市岡彦四郎もいつか浪人市場の住人となり、豪商伊勢屋の後妻お絹と先妻の娘お品をめぐる事件に一役買う。……物語は本巻から一転して、山城淀十万石松平三河守貞之の淫乱の犠牲になる美貌のお八重の方とお家騒動に、たのもしい男たちが立ち上がる。
 この間に、女スリお妻と新加入の利根一平とのあけっぴろげな相ぼれ話。哀れようやく思いを達しながら不帰の客となるお杉、主家のため凶刃に倒れる元隠密お美也と二つの別れを迎える忠介と、読者にも息つくひまも与えない「非情の星」。こんどはついに身分の上下をのりこえて結ばれるお八重の方との恋(リーダー忠介もいそがしい)、青木大蔵・宮下郡次郎と市場の住人がまたそろったところで利根一平愛妻お妻が死をもって淫蕩殿を殺害する「花散る里」までの二長編併収で、山手浪人タイプがぞろぞろと総登場! いよいよ興趣は自在に発展する。

*巻末頁 江戸おもしろ事典 江戸の破戒僧 井口朝生


「浪人市場 (三)」 (ろうにんいちば)


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*586頁・上下ニ段組頁 / 発行 1979年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 武家娘お美弥、若後家お杉を失った浪人市場リーダー大川忠介、淀十万石のお家騒動の元凶を死をもって倒した鉄火女房お妻の思い出を胸に秘めた好漢利根一平 ―― 傷心の身を九州長崎まで癒しに出た二人も足はそぞろ江戸へ……本巻巻頭長編「去る者残る者」は、ここから始まる。
 この帰路、女衒にかどわかされかかった少女お豊を救うあばずれ女お今を助けたことから、またまた新加入の用心棒後藤弥左衛門、八瀬半五郎 ―― そして、ふたたびもどった懐かしのはだか長屋では、淀藩の旧臣で浪人中の和久敬太が加わって、おなじみ武士を捨てた彦四郎だんな経営の縄のれん川崎屋で総勢顔合わせとなる。ひと癖もふた癖もある男たちの和やかな雰囲気もつかの間、また事件勃発! 不気味な暗黒組織の女さらいの魔手が、前巻身分違いゆえわびしく別れた忠介の愛人お八重の方に迫る。敢然、浪人市場の住人たちが彼のために奔走。ついに忠介お姫さまと結ばれるまでを一気に展開する「黒髪の生命」と二長編一挙併収!(全四冊・上下ニ段組頁)

*巻末頁 江戸おもしろ事典 江戸のギャンブル 井口朝生


「浪人市場 (四)」 (ろうにんいちば)


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*553頁・上下ニ段組頁 / 発行 1979年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
 山手文学にいったん親しんだ者がいつまでも忘れかねる懐かしさは、全作中に往来する人々の雰囲気の温かさだ。実は、これは作者自身の生活環境がそのまま反映しているとみることもできよう。作家の周囲に、これだけ慕う人間を集めた例はそう多くない。本シリーズの無頼浪人たちが、主人公大川忠介を兄事してつぎつぎと正道につくのも、自分に厳しく他人に優しい包容力をもった稀有な人柄の体験がなければ信じられない。その意味では、これは一種の"私小説"だ。
 お八重の方と蜜月を送る忠介は、こんどは淀分家お京の方と正義漢高岡菊太郎の清純な"許されぬ恋"と応援する。身分制度の厳格な時代に、どう彼らを逆境から抜け出させるか? 同心神田大作と女スリお鈴の恋も加えた「江戸の素顔」。そして、その弟神田徳次郎が江戸市中を震撼させた白狐小僧事件を捜索中、町娘お町といい仲になる挿話から、浪人市場の住人になるという推理味満点の外伝「白狐の復讐」のニ長編併収、人間更生の明朗大河シリーズの大団円となる。

*巻末頁 江戸おもしろ事典 江戸の台所 井口朝生


「浪人八景」 (ろうにんはっけい)


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*532頁・上下二段組頁 / 発行 1977年

*カバー文(文芸評論家・石井富士弥「作品案内」より)
作品案内 ―― 文芸評論家 石井富士弥
 恋人も友達も、同僚も上役も、ひょっとしたら家族さえも信じられないという時代 ―― あなたのためなら命を捨ててもいいという絶対に頑固で頼もしい友達が三人、そして、純情なのと濃艶なのと飛び切り美女二人が現れたとしたら、どうだろう……。しかも、あなたは雲の上のような和州郡山十万石のお嬢さまに、家も家来も捨てても、とまで慕われているのだ。 ―― こういう立場になったら、いったい、どう生きられるか!?
 こんな英雄願望を、さりげなく箱根八里の街道から作者は読者を招待し、いつの間にか明石藩のお家騒動に引き込んでゆく。本編のなによりの特色は、主人公の比良雪太郎を助けるしがない浪人三匹の“人が人を信じて”命を賭けるいきさつのたのしさで、これは息もつかせずまき起こる事件の中で、もっとも読者の後味をさわやかにすることだろう。
 この辺りが、やや味の変わった山手版「三銃士」として、浪人物中の興趣編だ。

*巻末頁 わが師を語る 忍ぶ恋 一条明